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こちらのブログにて、桜台教会で行われる、演奏会等の情報をお知らせします。

 

桜台教会
〒176-0012
東京都練馬区豊玉北3-7-13
п彦ax 03-3994-1734

Sakuradai Church
3-7-13 Toyotamakita Nerima-ku Tokyo, Japan
Tel&Fax 03-3994-1734

桜台教会また牧師への問合せは nakachan@jade.dti.ne.jp まで。

 

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 梶田百子聖地旅行アルバム No.19


桜台教会員梶田百子姉が新約・旧約聖書の世界を4回(1993年・1995年・1997年・1999年)にわたり廻った時の記録です。(撮影および説明は梶田姉)

カイロよりシナイ山まで680km   ホテル入口

シナイ山麓にあるホテル(ワデイエルラハホテル)

ホテルビレッジ(食堂)サダト大統領の別荘として建てられたが、中止となり、現在食堂として使われている。


セント・カテリーナ修道院
カテリーナとは4世紀の初めエジプトのアレキサンドリアで殉教した乙女の名前。530年ユスティアヌス帝によって建てられた。その時ルーマニアより連れてきた数百人余りの労働者が住みつきベドウインにはその子孫が混じっていると言われる。又ギリシャ正教の修道士が多い。1844年院内よりシナイ写本が発見され有名になった。世界で最も古い完全な形で残る城壁の高い修道院である。
シナイ山登山口でもある。



燃える柴
野いちごが真赤に色づいたのが光を浮けて燃えるように見えた、定かではないが、
神が顕現された霊的現象として受け入れよう。(出エジプト記3章)

エジプトカイロよりイスラエルエイラット迄の砂漠に4つの村がある。
ワジカランデル・メラ・アインムーサ・レビデム

シナイ山は別名ラースサフサファと云う
出エジプトしたモーセの率いるイスラエルの民は3ヶ月目にシナイの荒野に入り宿営した(出エジプト記19章)
レピデムを出たモーセはシナイ山に天幕を張り生活した。花崗岩が山波のようになっている。モーセが羊を飼いつつ神の顕現に接したと云うホレブの山はシナイ山のこと、パランの山とも呼ばれる(ハバクク書3章3節)「我は汝の神エホバ、汝をエジプトの地その奴隷たる家より導き出せしものなり。汝我が面の前に我の他、何ものをも神とすべからず。」(出エジプト記20章)

シナイ山麓のワデイエルムカデス・ホテル

スエズ運河
フェリーボートにバスごと乗りこみ約20分で対岸に着く、世界各国の貨物船、タンカーが間隔をおいて航行する様子を見る事が出来る。離れた所から見ると砂漠の中を船が進むように見える。地中海に注ぐナイル川とインド洋に通じる紅海を運河で結ぶ事がエジプトの支配者の夢だったが、1859年〜69年にフランス人レセップが完成させた。全長160km、地中海側のポートサイドと紅海に面するスエズ市を結ぶ。日本人の手によってトンネルが出来便利になった。



紅海の向こうはサウジアラビア

コーラル・アイランド
国境の町エイラトの南にある小島、火成岩の隆起によって出来た。
歴代誌(下)8章17節のエツヨン・ゲベル。
ソロモン王が海外貿易港として開いた。
現在の建物は十字軍時代の要塞城壁。



バックナンバー

梶田百子聖地旅行アルバム No18

梶田百子聖地旅行アルバム No17

梶田百子聖地旅行アルバム No16

梶田百子聖地旅行アルバム No15

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梶田百子聖地旅行アルバム No13

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